ITバブルがはじけた直後、Wポスト紙の経済コラムニスト、Sは書いたものだ。
一九二八年末、アメリカで株式を保有する人は、国民の僅か三%だった。
二九年の株価大暴落後の三○年ですら、それは一○%にすぎない。
しかし、我らの時代、株式はまさに民主化されてしまった。
八九年から九八年の間に、株式あるいは投資信託をもつ家庭の割合は、二三%から五二%にまで上昇している。
(Wポスト二○○一年二月八日付)日本でもL事件で見られたように、株価が急伸してM&Aを繰り返し行っている企業の株式には、一攫千金の夢にとらわれて素人同然のデイトレーダーが群がり、やがて手に入れたものは紙切れ同然になるのである。
すでに日本国内でも、M&Aは件数・金額ともに急激に伸びている。
二○○六年前半にはSによる日本法人買収や、TのWハウスの買収が話題になった。
二○○六年八月十日付のN本経済新聞によれば、同年一月から七月までの国内企業によるM&A累計金額は七兆八千八百億円にのぼり、TOBだけでも同年八月九日までの集計で三十一件あり、金額で二兆九千九百三十一億円に達している。
この背景には「資金の提供に積極的な金融機関の存在」があると同紙は指摘する。
買収・再生案件を中心に協調融資は急増、今年度は前年度比約二割増え三十兆円を超える勢い。
大手証券もN証券が○八年度までに五千億円を超える買収資金の供給体制を整える計画を立てるなど、M&A資金の強化に動きだした。
ファンドも着実に存在感を増している。
今年一月〜七月はM&A件数が前年同期比七・六%減ったが、買収ファンドへの資金流入は活発。
欧州のBは七月に日本も対象にした一兆四千億円超の国際ファンドを設定した。
米系のCも七月に二千百五十六億円の日本向けファンドを組成している。
こうして見てくると、世界的金融の視野のなかに、日本で起こったL事件とMファンド事件の輪郭が浮かび上がってくる。
もちろん、世界規模でのM&Aも盛んだ。
同年七月には世界第二位の鉄鋼メーカーであるAルセロールが世界最大のMと合併して世界で約一○%という圧倒的なシェアを確立した。
買収総額は約四兆円といわれ、日本の報道では賞賛する声ばかりが聞こえてくるが、世界市場における「独占」が急速に進み、むしろ憂慮すべき現象だろう。
ある調査会社の集計では、二○○六年の上半期(六月二十三日現在)だけで、世界のM&A提案総額は一兆八千億ドル(約二百兆円)にのぼり、件数でも一万五千件で、過去最高の金額と件数だという。
わが国では、いまもビジネスで成功するには、新しい財やサービスを提供することが必要だと思われている。
それはけっして間違いではない。
しかし、そうした地道なビジネスは、すぐにはお金を生み出さない。
手っ取り早く稼ぐには、いま日本が受容しつつある「ファンド資本主義」の仕組みを利用することだ。
たとえばHの本を読めば、資本市場を使って、手っ取り早く資金を集めることが称揚されていることに気がつくだろう。
資本があるとビジネスのスピードは加速します。
株式会社はそのための非常に優れた仕組みなのです。
その流れをさらに加速させる仕組みが株式市場です。
それを理解したときに、すぐにでも株式を公開して、会社を大きくしなければと思ったのです。
当時のインターネットの盛りあがり方が、後に「ネットバブル」と呼ばれるような少々異常なものだったことは、僕もある程度わかっていました。
それで「なるべく早く株式公開して、一気に資金を集めてしまおう」と考えました。
「お金が集まりにくくなる前」に株式を公開しようと決めたのです。
(H「稼ぐが勝ち」光文社)株式市場で急伸したLは、次に投資事業組合(つまり自前の投資ファンド)を使い粉飾決算を行って株価を吊り上げ、自社の株高を背景にして、優良会社や巨大企業の乗っ取りを企てていった。
八○年代以降のアメリカで生まれたベンチャー企業「育成」の仕組みや、Uの「シリコンバレー精神」を思い出せば、この十数年にトレンドとなった怪しげな起業と、そこに生れた腐敗を理解できるだろう。
この仕組みと論理を使ってLは「仮の成功」を達成し、そして破綻していったのである。
これら「ファンド資本主義」の本当の「主役」たちは、舞台の上で過剰なパフォーマンスを繰り広げるタレント企業家たちを駒にして、巨大な利益を獲得していく。
彼らにとって、Hのような人物が、本当に日本経済に「風穴を開ける」先駆者であるか否かはどうでもよい。
ただ、なるたけ派手に振舞ってくれる偶像が必要なのだ。
世界規模の激しいM&A隆盛のなかで、日本においては二○○七年五月の「三角合併解禁」がひとつの転換期となるだろう。
「三角合併」とは外資系企業が日本に子会社を作り、その子会社が日本の企業を合併するさいに親会社の株式を用いる方法で、これが解禁になれば株式時価総額の大きい外資系企業が日本企業を合併することは容易になる。
L事件が起こったとき、敵対的買収への対抗策が十分でない日本企業は著しく不利になるとして、自民党の一部議員が動いて解禁を一年延期させたことは記憶に新しい。
ところが、最近、M&Aに関する報道や入門書などを見ていると、LのN放送買収騒動に震え上がって解禁を一年延期したのは、羹(あっもの)に懲りて膾(なます)を吹くようなもので、まったく無意味だったという説が流布されるようになった。
この説によれば、「三角合併」は外資系企業の自社株による合併が認められているといっても、合併には取締役会での決定と株主総会での決議(日本では三分の二以上、アメリカでは二分の一以上)が必要だから、無理やりに合併させられるということはあり得ないというのである。
この説はM&Aの専門家によっても主張されているので、大新聞の一般向けQ&Aコラムなどでも、三角合併は脅威ではないかのように書いてある。
しかし、この能天気な説は、M&Aが行われれば事業は効率化され、産業は繁栄するという思い込みから生れる倒錯以上のものではなく、ただの「為にする」主張か、無知によるものと思ったほうがよい。
外資系企業が日本で手ごろな買収対象を見つけたときどうするか。
最初からいきなり三角合併を持ちかける馬鹿はいない。
まず、TOBを提案して拒否されたら敵対的買収に移る。
自社株を用いて買収資金を調達し、敵対的買収に成功して経営権をにぎったら、最初に取締役たちを言うことを聞く連中に入れ替えて、三角合併に賛成させる。
それから、合併のための日本法人をつくり、自社株を用いて三角合併を完遂させるのである。
このとき、すでに二分の一以上の株式は手にしているので、あとは残りの三分の一の賛成を取り付ければいい。
敵対的買収でさらに多くの割合の株を手にしていれば、プロセスはもっと楽だろう。
これを、三角合併を用いた「二段階買収」という。
政府は外国株を使った企業買収の解禁に向けて、税制面の整備に乗り出す。
外国企業が買収対象である日本企業の株主に自社株を与え、株式交換方式でM&A(企業の合併・買収)を進める際、株主が外国株を受け取った時点では課税しない方向で検討する。
株主が買収に応じやすいようにし、外国企業による対日直接投資の拡大につなげる。
二○○七年度の税制改正法案に盛り込む見通しだ。
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